2021.10.21

歌舞伎と日蓮宗 ~東海道四谷怪談~

皆さまのおかげで大変好評を頂いた六月大歌舞伎 第三部「日蓮」。

また、九月大歌舞伎では「東海道四谷怪談」が公演されました。

坂東玉三郎さんが38年ぶりとなる「お岩」役を披露し、その妖艶さというか美醜というか鬼気迫る舞台に、怪談話というより日常にある人の醜さ弱さを表現された、考えさせられる舞台だったと好評のようでした。

四谷怪談のお話はあまりにも有名で、皆様一度は耳にした事があるのではないでしょうか?

大まかなあらすじ・・・

田宮家に婿養子に来た伊右衛門が、別の女性とも関係を持ち、子をもうけてしまいます。それを知ったお岩が発狂し失踪、又は殺された後、様々な怪奇現象が起こり、伊右衛門の関係者が次々と非業の最後をむかえてしまう。。。

 

歌舞伎、舞台、怪談話、落語などで演じられ、様々な脚本がありますが、概ねこのようなお話です。

呪いや祟りなどの怪奇な演出を除き内容を紐解くと、欲からうまれた悪意の結果、欲と男女の縺れが、人の苦しみに変わっていくお話と見えます。その本筋が現代でも起こりうるお話だけに、長く広く人々の共感を得ている所かもしれません。

 


 

実はお岩さんは、日蓮宗にとてもゆかりがございます。

新宿にある陽運寺様には、お岩様が祀られており、歌舞伎公演の前には、演者や関係者が無事公演を祈念してお参りされるそうです。今回の九月大歌舞伎においても坂東玉三郎さんが陽運寺様にて興行安全成功のご祈祷を受けられました。その様子は、歌舞伎座公式サイト歌舞伎美人にも掲載されております。また、お岩様の墓所は妙行寺という法華系の寺院です。

そこで今回は、陽運寺様のご住職よりお寺の縁起やお岩さまついて教えて頂きました。歌舞伎、怪談話の裏話などのお話もありとても興味深い内容となっています。

以下、陽運寺様ご住職より

〇長照山 陽運寺の縁起

江戸時代、文政八年七月、歌舞伎作者 四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が世に広まり、お岩様が庶民の畏敬を集めました。この地にあったお岩様の霊堂が戦災にあったため栃木県沼和田から薬師堂を移築再建し当寺が開山されました。境内にある秦山木の下にお岩様縁の祠があったと伝えられ陽運寺の起源とされています。薬師堂の棟札には宝暦七年と記されており二五〇年以上の歴史ある建物です。当堂内にはお岩様の立像が奉祀され、厄除け、ご縁事、芸能事に霊験があると多くの参拝者の信仰を集めています。境内にはお岩様由縁の井戸、再建記念碑等があります。

当寺は江戸、文政年代に活躍した四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」で有名なお岩様をお祀りしていることから「於岩稲荷(おいわいなり)」とも呼ばれています。本堂にはお岩様の木像が安置されており、境内には昭和32年に新宿区より文化財に指定されていたお岩様ゆかりの井戸があります。なお、歌舞伎興行の際には安全と成功を願って役者等関係者が必ず参拝に訪れます。また、悪縁を除き、良縁を招く縁結びには多大なご利益があり、全国各地より多くの参拝者が訪れます。(陽運寺様ホームページより)

 

〇お岩さまや歌舞伎、怪談の裏話

怪談話はさかのぼると、実際に現実として起こってしまうと恐れられていた為、平安時代にはタブーとされていたようです。そして江戸時代になると武家の不寝番の間で流行っていきました。その後に誕生したのが「四谷怪談」です。

江戸時代では娯楽は歌舞伎でした。「忠臣蔵」が大流行しており、「東海道四谷怪談」はその外伝(裏話)として作られた物語です。また、夏には芝居小屋に人が入らない為、暑い夏の日に体を震わせる芝居を南北が考えたとも伝えられています。噂が噂を呼び、日本国中に広まり、人気の芝居になりました。今では二百年以上も続く日本の伝統的な歌舞伎の演目になっています。

しかしこの「東海道四谷怪談」は実在のお岩様が亡くなってから約二百年も経ってから作られた物語です。

これはあくまで物語で、実際には、つぶれかけていた田宮家を苦労して復興させ、夫に尽くした心優しい女性だったと伝えられています。

 

寺の記録にはお岩様は今から約四百年前、寛永十三年二月二十二日 三十六歳でこの世を去っています。

この「東海道四谷怪談」は当時の江戸中の事件事故を混ぜ込んで作られた物語だと言われています。

四谷という場所は東海道ではなく甲州街道ですので、題名からみても創作の物語という事が伺えます。

 

ちょうど、当山の辺りにお岩様のお屋敷がありまして、外にある井戸は実際に生活用水として使われていたと伝わります。本堂内にはお岩様のお像があります。

 

そして厄除けや芸道上達を始めとして役者が芝居の前には必ずお参りに来られるならわしは現在でも続いております。

その昔、演ずる役者が怪我をするという不吉な噂があったようですが、実際には、四谷怪談の芝居は暗闇の中で、戸板返しなどの仕掛けが沢山あったからだと伝わっています。

 

〇現在のお岩様

お岩様のお墓は巣鴨の妙行寺という法華宗のお寺にあります。妙行寺は当時、四谷にありましたが、後に巣鴨に移転されました。

そのことからもお岩様は生前、お題目を唱えていたのではないかという想像ができます。現在では、お岩様は於岩稲荷大善神として祀られ、多くの人々の信仰の対象となっております。

 

以上、陽運寺様ご住職より頂いたお寺の縁起とお岩さまのお話です。

とても興味深いお話で、四谷怪談の怖いお話も親近感がもてる気がいたします。


また、陽運寺様には大変興味深い版画もあります。ここではそのうちの1つをご紹介します!

◎東海道四谷怪談 隠亡堀(おんぼうほり)の湯

陽運寺様にて古から継承されている四谷怪談の版画。
この版画には仕掛けがあって、舞台の仕掛け同様、版画にも戸板返しがあり、裏と表で絵が変わります。面白い仕掛けです。
版画は三枚構成で合わせると一つの絵に繋がります。

・作品紹介

《東海道四谷怪談 隠亡堀(おんぼうほり)の湯 三代歌川豊国》文久元(1861)年作
大判錦絵3枚続

・作品説明

お岩を祀る陽運寺に伝わる役者絵。
土手で釣りをしている伊右衛門のところにお岩と小平の遺体が打ちつけられた戸板が流れてくるという四谷怪談の見せ場の1つです。お岩、小平ともに4代目坂東彦三郎が演じました。


幕末にはケレン(外連とも)という、この戸板返しのような早変わりや宙乗りなどの道具や衣装の奇をてらった仕掛けが人気を博しました。


 

田宮家を再建される努力をなされたお岩様であるからこそ、今日でも敬われ、また、演目のお岩様の非業と重なり、畏敬の念をもって祀られているのでしょう。

陽運寺様では、四谷怪談のお話もあり、厄除けや、悪縁を切り良縁に結ぶ、縁結び、悪縁切りなどの御祈願も多いようです。また古くから役者演者さん達のお参りも多く、それにあやかり、芸道精進のお参りも華やかです。

お近くにお越しの際や歌舞伎観覧の際には、歌舞伎役者さんや関係者ともご縁が深い聖地ですので、是非お参りください。境内にはカフェも併設さております

詳しくは、陽運寺様ホームページをご覧ください。

また、「玉三郎 お岩」と検索して頂くと、陽運寺様でのご祈祷の様子などもご覧いただけます。お楽しみください。

 

陽運寺HP:https://oiwainari.or.jp/

住 所:〒160-0017 東京都新宿区左門町18 (https://oiwainari.or.jp/access

電 話:03-3351-4812

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